いつか、またどこかで会おうよ

こんにちは、金益見(きむいっきょん)です。

失われたドーナツの穴を求めて

将来の役に立つのかどうかわからないことでも、全力でやると何かが残る。

 

去年副査をした卒論で圧倒されたのは、加古川かつめしを調べつくしていた学生。

フィールドワークをまとめた資料が撲殺できるくらいの太さになってて(一瞬京極夏彦さんを思い出した)、口頭試問中も質問しながら感動してしまった。

なんかもうそれは、地域活性とかB級グルメの枠を超えて、その学生のなかに誇りのようなものをもたらしていた。

あの子の内側には確実に何かが残ったと思う。

 

 

ゼミ生に贈った歌の歌詞で、私は以下の部分が好きだ。

 

くだらないことにも本気出そう

ガンガンガンガン!

 

いっきょんゴールド「ゴールドコメント」より

 

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「学生時代は、くだらないことに本気出した分だけ輝くんだぜ?」と思う。

 

でも「それをやったからといってどうなるんですか」「この勉強はなんの役に立つんですか」と聞いてくる学生に、無理強いはできない。

 

役に立つことばかりやるのってしょうもなくないか?

結果が見えてることをやるのってつまんなくない?

と思うのだけど、抱えている事情はみんな違う。

将来が不安な学生にとっては、くだらないことに時間を使っている場合じゃないのかもしれない。

 

でもやっぱり「学生にはくだらないことにガンガンチャレンジしてほしいよなー」と思ってしまう→無理強いはしたくない→でもやっぱり…

 

ということを悶々と考えていたら、新しい考えを見つけてしまった。

 

「学生にやらせるんじゃなくて、自分がやればいいんじゃん!」という発想。

 

先生が楽しそうに、全力で何かを研究してる姿を見て、学生が「先生楽しそう!混ぜてくださーい」って言ってきたら、一緒にやればいいんじゃん!

 

あー、それなら自分がまず動けばいいからすぐにできる!(自分は今すぐに動かせるけど、ひとに動いてもらうのは難儀)

 

それに学生時代に限定しなくても、「くだらないと思われていることに本気出した分だけ人生は輝くんだぜ!」と、やっぱり思う。

 

 

芝垣亮介さん・奥田太郎さんをはじめとする南海大学の先生方が出した本に触れて、この発想にたどり着いた。

  

saihatesha.com

 

学者たちが本気を出して、失われたドーナツの穴を求めて旅に出たらどうなるのか?

 

壮大で、ユーモラスで、真面目で、楽しくて、なんなんだろうこの熱量。

先生がこんな風に学問の海を泳いでいる姿をみたら、学生にもその面白さが伝わると思う。  

 

そして「やっぱり学問って心底面白いものなんだわ」と、私も今になって教えてもらった気がする。

 

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 サインもこんなに素敵だったよ

右上の穴は職人さんによる手仕事だよ

 

「なかなか夏がこないなー、辛いなー」と思っていたら、こんなところで夏が待ってたとは(とわ)!

永遠と書いて「とわ」と読むようなことはしない!と思ってきたけど、ここにきて、こんな表現を思いついた。

 


永遠に終わらない夏なんてないと思っていたけど、学問の夏は永遠(とわ)に続く!