いつか、またどこかで会おうよ

こんにちは、金益見(きむいっきょん)です。

ツイッター考

ツイッターって、使い方によってはとても変な状態を作ってしまう気がする。

 

伝えたいことがあるひとにとってのツイッターはとても便利だし、情報を集めたり、広めたりするのには持ってこいのツールだと思う。

 

一方、表現ではなくて、自分の生活を細かくツイートするひとが身近にいると心配になる。

 

そのひとの寂しさに、ツイッターの機能とフォロワーは、寄り添っているように見えるんだけど、逆に混乱させている気が…

 

そのことを言ってるのに、そのことを言ってないってことに気づくひとは気づいてるのに、傍観してる。

 

本人も、自分の言葉とメッセージがちぐはぐなんだけど、日常的にツイートするうちになんだかわからなくなっているような…


でも、自分は自分で騙せないから、たまに正気になると、自分の発信が根拠っていう皮肉な形で、絶望してしまうんじゃないか?

 

まあ、ツイッターをやっていない私があれこれ考えてもよくわからないのだけど、かりそめの承認とわかっていながらも、ひとまずお腹は満たされる承認のインスタント化で、失うものもあるんじゃないかと思ったりする、今日この頃。

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