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いつか、またどこかで会おうよ

こんにちは、金益見(きむいっきょん)です。

においでパンを見ていた頃

学生時代、サブカルチャーに詳しかったり、部屋にイームズ(っぽい)椅子があったり、好きな作家がカミュとか三島由紀夫だったり、そんな先輩や友人・知人の知識っぽいものに触れる度、いちいち尊敬していた。

 

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渋谷直角『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』扶桑社(2013)より引用

 

渋谷さんの狙いとズレた読み方かもしれないけど、上記の漫画に出てくるブロス好きの野口さんは、ちゃんとわかっているひとだと思う。

 

私は当時、本物と俗っぽいひとの区別もつかなかった。

オシャレっぽいだけで、トンガってるだけで「カッコイイ」と言ってるひとたちも、本当にそれらが好きな人達も一緒くたにして憧れていた。

 

ただ、彼らが好きなものを自分が好きかというと、理解できないなぁ…と思うものもあった。

 

特に部屋やトイレに「トレインスポッティング」のポスターやポストカードを貼っている人や店と自分とのかけ離れ具合には、ある意味絶望していた。

 

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彼らにわかるものが、私にはわからない。

私は、自分はそういうオシャレには一生たどり着けないダサい人間なんだと思っていた。

 

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チャンリオで作った似顔絵(サンリオは絶対採用しないであろう、あまりにダサい自分に似せたキャラクターに笑った)

 

話は変わって(後からそれなりにつながりますが)先日、スコットランドに行ってきた。

エディンバラをブラブラ歩いてると、かっこいい映画館を見つけた。

 

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ちょうどいい時間帯の映画が「トレインスポッティング2」だけで、「私はダサいから多分わからんやろうけど、まあ観てみるか」と思って、観ることにした。

 

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上映終了後、呪いが解けた!と思った。

 もの凄くスッキリして、びっくりした。

長年、自分で自分にかけていた呪いから解かれた気がしたのだ。

 

私はオシャレ映画全般にたいして、においでパンを想像するような見方をずっとしていたんだと気付いた。

 

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リチャード・マグワイア『HERE』国書刊行会(2016)より引用

 

実際、現地で映画を観てみると、想像の方がずっともっと大きかったことに驚いた。

 

映画のなかに出てきた景色は、昼間にエディンバラを散策していた時に見た景色だった。

オシャレフィルターをかけずに、「トレインスポッティング」に向き合うと、なんてこたなかった(音楽は抜群にカッコよかった)。

 

人がいて、街がある。

トラディショナルな街の雰囲気のなかにも、最先端のカルチャーのなかにも、そこには人間の営みがあるだけだ。

 

どこに行っても、どんな服装でも、黄色でも白でも黒でもピンクでも、人間は大体おんなじようなことをしていて、同じように食べたりのんだりしている。

笑ったり歩いたり走ったりしながら、目が合った時には挨拶をかわし合っている。

 

トレインスポッティングの男たちも相変わらずバカなことばかりしてた。

 

 なんか、ちゃんとカッコ悪かった。

 

人間はカッコイイ時もあるけど、ちゃんとカッコ悪くもある。

だから可愛い。

そして、時々死ぬほど愚かだ。
(博物館や城を巡ると、あまりにも殺し合いをし過ぎていて、辟易してしまう)

 

人間はカッコ悪くて可愛くて愚か。
ああ、これがらしさか。
そうだ。
人間はどこにいても人間らしい。

 

においでパンを想像していたあの頃の「憧れ」の気持ちは、悪くなかったなあと、帰り道考えながら歩いた。

子どもだったし、あほだったけど、どんなひとのことも尊敬してた自分の頭を撫でてやりたい。

そして、薦めてやりたい。

カッコつけずにカッコイイと思えた本や映画を。

 

てなことを、数日後にコーヒーを飲みながら綴っていたら、店員さんが突然チューリップをくれた。

 

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なんてサプライズ!(理由を尋ねると、もう店を閉めるからとのこと)

 

どこにいても、人間は人間らしい。

時々花をくれたりもする。

 

人間は、やっぱり豊かできっともっと優しいのかも知れないと思った。

 

森達也さんの本のタイトルを思い出した。

 

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 チューリップを持って、ブラブラ歩いていくと、パブにたどり着いた。

 

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これはチョコレートフレーバーのビール

 

パブでも引き続き、つらつらとブログを綴っていて、チューリップをもらったくだりを書いている時、突然小沢健二さんの「天使たちのシーン」の歌詞を思い出した。

 

いつか誰もが花を愛し、歌をうたい、返事じゃない言葉を喋りだすのなら、何千回ものなだらかに過ぎた季節が、僕にとても愛おしく思えてくる

小沢健二天使たちのシーン

 

そういえば昔、この曲の歌詞を机いっぱいに書き写したんだった。

中3だった。

先生に怒られても消さなかった。

この机を次に使うひとも、この歌詞を読んでほしいと思ったから。

 

そして、思い直した。

ダサくないぞ、私。

ああ、思い直した。

 

だから、過去の私よ(そして今の私も)。

 

 子どもだったし、あほだったけど、どんなひとのことも尊敬してた自分の頭を撫でてやりたい。
そして、薦めてやりたい。
カッコつけずにカッコイイと思えた本や映画を。

 

ちがうちがう。

自分で見つけたらいいよ。

見つけられるよ。

 

カッコつけずに、カッコイイと思える本や映画やひとを。

 

いっぱい出逢えるよ。

楽しみにしてるといいよ。