いつか、またどこかで会おうよ

こんにちは、金益見(きむいっきょん)です。

所詮世界は

知らなければ、ないことにできる。
会わなければ、いないも同じ。
会えなくても、思い出せる。
知るだけで、子どもができたり。

 

所詮世界は自分。

 

なんて自分勝手で希望に満ちてるんだ、世界は。

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美女が野獣を愛した理由

実写版「美女と野獣」が素晴らしかった。

 

どこがどんな風に素晴らしかったのかは、後日まとめて書こうと思っているのだけど、今日は映画を観て、恋愛について考えたことをいくつか。

 

まず、実写版「美女と野獣」のあらすじは以下↓

傲慢な性格ゆえに魔女の魔法で醜い野獣の姿に変えられてしまった王子。

魔法を解くためには魔女が残したバラが散るまでに、真実の愛(自分が愛し、相手も愛してくれる状態)を実現させなければいけない。

 

ある日、発明家のモーリスは森の中で迷ってしまい、野獣の王子の住む城に行き着くが、王子の怒りを買い、囚われの身となってしまった。

 

モーリスの娘ベル(村一番の美女)は父を開放してもらうため、身代わりとなって野獣の城に監禁される(徐々に軟禁)ことになった。

 

果たして野獣の王子とベルの間に真実の愛は生まれるのか…。

 

(↓ここからはネタバレを含みます)

 

王子にかけられた魔法は、愛し、愛されないと解くことができない。

 

結果、魔法は解かれてめでたしめでたしだったので、二人は真実の愛にたどり着けた…のだけど、私はどういう風に二人の心が動いたのかが気になった。

 

王子がベルのことを好きになった理由は、簡単に想像できる。

 

正直、王子はベルが持ってた条件に惹かれたんだと思う。

 

外見:美しい(なんせ村一番の美女だぜ)(「醜女と野獣」だったら、どんな話になってたんだろう)

年齢:若い(自分の子を産んでくれる年齢)

性格:勇気と包容力がある。また、自分の意見を率直に伝えるタイプ(恋愛経験がない王子からすると、何を考えてるのかわからないミステリアスな女性より、わかりやすい方がいいんだろう)

 

でも、ベルは条件で王子を見ていない。

ていうか、王子の条件終わってる。

 

外見:野獣

年齢:不明

性格:傲慢、ワガママ、すぐキレる、おぼっちゃま育ち(ていうか王子)

 

王子の取り柄はお金持ちってことくらいだろうけど、そのお金も自分で稼いだわけじゃないし、そもそもベルは贅沢することにあまり興味がない。

 

映画鑑賞後、一緒に観た友人(男性)に

「ベルがいつ王子を好きなったかわかる?」

と尋ねたところ、面白い回答が返ってきた。

 

まず彼は

「図書室の本を全部プレゼントした時!」

と答えた。

 

読書が趣味のベルからしたら、そりゃ嬉しい贈り物だったろうけど、女の人はプレゼントをどれだけもらっても、好きじゃないひとのことを好きになったりしない(高級クラブのホステスさんがいい例)。

 

次に彼は

「狼から体張って助けた時!」

と答えた。

 

そりゃ「有難いなあ」とは思っただろうけど、ていうか男の人って「俺が君を守る」系好きやなー(しかも守る時は大概「闘う系」…。ちゃんと話を聴くとか、支える形の守り方もあるのになー)

 

最後に彼は

「ベルを自由にした時?」

と答えた。

 

私は100点じゃないけど「答えに近い!」と思った。

結局王子は、自分のためにベルをずっと軟禁していたのだ。

だから、父親を心配するベルに「村に帰ってもいい」と許可した時、王子ははじめて自分のためではなく、ベルのためにベルのことを考えることができた。

 

でもここでは、王子の恋心が愛に変わったということの方が大きい。

 

[自分の恋愛観を挟んで補足]

私は、愛は一朝一夕では芽生えるものではなくて、恋がだんだんと愛に変わっていくものだと思っている。

恋愛って言葉はよくできているなあと。

だって愛恋ではないんだもの。

恋が先で、次に愛。

サザンの歌詞を拝借すると、下心から真心に変わるってことです(恋と愛という文字で心がどこに入っているかを見てみると、一目瞭然ですね)。

 

で、話を戻すと、ここでは王子の恋心が愛に変わったということの方が大きい。

 

愛するということは、自分のことのように相手のことを考えられるということだと思う。

 

この時点では、王子は愛に目覚めていたかも知れないけれど、ベルの心はまだ動いていない(すでに恋心は芽生えていたかもしれないけれど、愛まで育っていない)(恋では魔法は解けない)。

 

では、いつベルは王子を愛したのか。

 

それは、王子がガストンと戦って、死にかけ寸前になる時なんだけど(その証拠に、その後すぐに魔法が解ける)、これを「俺が君を守る」系の流れで心が溶かされたと誤解してはいけない。

 

ベルは、王子とこれまで一緒に過ごした時間があった上で、王子の戦い→傷つき→それでもベルに感謝をする行動を目の当たりにして「王子に完璧に愛されてる」ことを実感したのだ。

そして、感動した。

 

村では、読書好きの変わり者として扱われ、ガストン(イケメンだけど乱暴者)からは美女ってだけで付きまとわれ、その上父親はずっと罪悪感を抱えて生きている(罪悪感については映画を観てください)。

勿論父からの愛情は感じていたけれど、それはある事情もあって、完全にクリアな愛ではなかった。

 

だから、王子から命をかけてまでの証拠を見せてもらわないと、愛されていることを実感できないくらい、彼女の心は乾いていたんだと思う。

 

美女と野獣は、“孤独な二人が惹かれあう物語”として語られている。

でも、孤独の度合いでいうと、どんなに傲慢でも「幼い頃の坊ちゃまは、それはそれは優しくて」なんて言いながら仕えてくれる家来たちが山ほど周りにいる王子と、村中に変人扱いされ、いつ乱暴者に無理やり結婚させられるかわからないような状態で(しかもガストンはモテモテなので、ベルは女性たちからは嫉妬の対象になっていて、友達もいない)、父親もなんか秘密抱えてるし、なんやもう、ベルの孤独感たるや凄まじかったと思う。

 

美女と野獣」の謳い文句みたいになっている、「美女の優しさで、野獣は人間の心を取り戻した」なんて、映画の序盤の話だ。

 

この映画は、死ぬくらいの極端な状況で証明されないと愛を実感できない、ものすごい辛い環境で育った女性を、パッパラパーで恋愛経験なしの男性が、初恋パワーで救う物語なんだと思う。

 

そして、結論。

 

美女が野獣を愛した理由は、

「完璧に愛されてることを(やっと)実感できた」からだと私は思います。

 

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睡眠時間に教えてもらったこと

仕事が大変でも、ストレスが重なっても、好きなひとたちとの食事やお喋りの時間を作ることでエネルギーをチャージできてると思っていた。

 

でもこの春はずっと調子が悪くて、ちゃんと楽しい予定も入れてバランスをとっているはずなのに、快復しない心と身体に「なんでだろう」と思っていた。

 

GWのある日、やっぱり体調が優れず、遠出する予定をキャンセルして、家にこもって犬と寝た。

 

なんとその日、20時間寝た。

 

闘った後の兵士のように寝ていたらしい。

 


…今回の20時間睡眠と、2カ月以上続いていた不眠を通して、やっと気がついたことがあった。

 

それは「自分は思ってたより、傷ついていたらしい」ということ。

 

傷が癒えていない状態で、そこに楽しい時間をチャージしても意味がなかったんだ。

 

満たされることと、癒やされることは違う。

 

身体にかわいそうなことをしてしまっていたんだな。
ごめんな。

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普通のおっさんがヒーローだった

今日のタイトルは、ジャーナリストの玉本英子さんの名言。

 

私は講義でよく「かっこいい大人と沢山出逢うといいよ。そしたら、この世って捨てたもんじゃないなって思えるから」と学生に話す。

 

2001年から毎年イラクに通い、中東地域や紛争地域を中心に取材を続ける玉本さんは、私が敬愛してやまない「かっこいい大人」のひとりだ。

 

以下は、玉本さんのインタビュー↓

www.fragmentsmag.com

 

2014年にヤズディ教徒がISに襲撃された。

少数宗教であるヤズディ教徒は、今まで様々な迫害を受けてきた。

イラク戦争後は、イスラム武装勢力から「悪魔崇拝」と狙われるようになり、今から3年前の夏、ヤズディ教徒の移住地域が、ISから大規模な襲撃を受けた。

改宗しなかった男性たちは全員殺害、逃げ遅れた女性たちは拉致され、強制結婚(という名のレイプ)させられた。

現在も1000人以上がIS支配地域で監禁されているという、今も続く深刻な問題だ。

 

夫を殺され、拉致され、ISの戦闘員と強制結婚させられた19歳(当時)の女性を救った、モスルで暮らす男性のことを、玉本さんはこう言った。

 

「普通のおっさんがヒーローだった」

  

その男性は明け方に家の前で水をまいていた時に、たまたまその女性に助けを求められたという。彼は、部屋着で逃げ出してきたヤズディ女性を即座の判断でかくまった。

ISの支配下にあったモスルで暮らしていた男性が、ヤズディ教徒を助けたことが見つかれば自分も家族も殺されかねない。

それでも彼は、必死で助けを求める女性を近所のひとに見つからないように家に入れ(当時女性は乳児も抱えていた)5日間かくまい、脱出を助けた。

 

脱出に成功した女性は現在、子どもと共にドイツで暮らしている。

 

玉本さんがその男性にインタビューした記事はコチラ↓

 https://mainichi.jp/articles/20170228/ddl/k27/040/419000c

 

 

上記の記事をコピーしてくれている時、玉本さんは言った。

 

「困ってるひとを助けるって、本当は普通のことなんだよ」

 

「映画のヒーローみたいに派手じゃないかもしれないけど、ひとが困っていたら普通に助ける。私もそうありたいし、そんなひとが増えたら何か変わると思う」

 

玉本さんは、こういう言葉をズバッとドヤ顔で言わない。

本当に普通に話す。

 

玉本さんが毎年イラクに行くのは、「そこに友達がいるから」だという。

 

知り合った。

友達になった。

友達が助けを求めているなら、できるかぎりのことはしたい。

 

玉本さんのスーツケースの中身は、機材以外はほとんどお土産だという。

(女性たちには、フェイスパックがとても喜ばれるらしい)

 

私もひとが普通に暮らせる社会を作りたいし、普通にひとを助けられるような学生を育てたい。

 

 

先週、

「先生がいつも言うかっこいい大人ってどんなひとですか?」

と学生が質問してくれたので、玉本英子さんのことをブログに書きました。

  

f:id:ikkyongold:20170504191004j:image

写真はアジアプレスで、玉本さんのデスクの前に置かれていた、防弾チョッキ

 

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目指せ健康維持!

ショーペンハウアー
「明るさとは健康が花開いたものである」
と述べた。

 

健康はほんと大切で、そのためにすぐにできることをいくつか。

 

・一週間に一日は完全にオフの日をつくる

 

・寝る前に携帯さわらない

・時にひとに助けを頼む

 

・こまめに水分を摂る
(水分はほんと大切で、一気にじゃなくて、少しずつこまめに補給するのがいい)

 

・とにかく寝る。寝れなくても横になる。

 

・少しでも太陽光を浴びる。

 

上の3つは妹に、下の3つは犬に教えてもらいました。

 

毎日明るくて健やかな妹や犬たちが実践していることだから、この健康維持法はほぼ間違いないでしょう。

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世界を拡げる方法

在外国民投票に行ってきた。

韓国の第19代大統領を選出する選挙だ。

 

投票用紙を前にした時、胸が高まった。
選挙に参加できることが嬉しくて、「韓国がもっといい国になったらいいな」と、願いを込めて投票した。


私は韓国も日本も好きだ。

だから両方、もっといい国になったらいいなと思っている。

 

そんな私は、日本で選挙権を持っていない。

日本で生まれて、日本で育って、税金も納めているのだけど、私は日本の選挙に参加できない。

 

「韓国がもっといい国になったらいいな」と思うし「日本ももっといい国になったらいいな」と思う。

両国、様々な問題を抱えているけれども、私たちはとても似ていたりもする。

「もう嫌韓とか反日とかいわないで愛し合おうよう!」と思う。
少なくとも私は、日本人の友達や学生たちを愛している。


韓国の在外選挙制度がスタートしたのは2012年。
満19歳以上の在日コリアンで、有効な韓国のパスポートを持っている人は、韓国の国政選挙に投票できるようになった。

これはほんとにもう素晴らしいことで、はじめて韓国の選挙に参加した時は、「自分がこの世で生きているんだ」ということを実感できた。


選挙権を持っていても、今まで一度も選挙に行ったことのないひとが沢山いる。

 

理由は様々だと思うのだけど、もしそれが「めんどくさいから」とか「よくわからないから」とか「自分が一票入れたところで何も変わらない」ということであれば、重い腰を上げて、「一度参加してはどうかな?国はすぐに変わらなくても、自分の世界は変わるんじゃないかな!」と思う。

 

参加する立場になったら、新聞の読み方やニュースの見方が変わる。

 

「自分の国がどんな国になったら素敵かなあ」と思いながら、各党のマニフェストを比較するひと時は、世界の見方を拡げる。

 

 

「権利」という名の力は、持ってないひとからすると、とっても大きく輝いて見える。

 

「自分は何も持っていない」と思うこともあるかもしれないけれど、あなたがあなたとして生まれてきたからこそ与えられたものが、もう既にある!のですよ^ ^

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中国人って…

昨日、大阪の地下鉄に乗っていたら、中国人観光客の男性が席を譲ってくれた。

 

私はその時とても疲れていたので、すごく助かった。

 

向かいの席には彼の祖父母や両親が座っていて、席を譲ったことを少しだけ褒めて、そのあとは仲良く静かにお喋りしていた。

 

中国人はマナーが悪いとか、うるさいとか、せっかく日本に来てくれてるのに、彼らにたいする文句ばかり聞こえてくるのが嫌だなあと思っていた。

いい意見より、悪い意見の声が大きくて、どうにかバランスを取れないものかなあと考えていた。

 

そこで、じゃあ自分は中国の方にしてもらって嬉しかったことを発信してるかな?と考えたら、家族や友人に話していても、blogには書いてなかったことに気づいた。

 

中国の方に…

昨日は席を譲ってもらいました。

 

いつもローソンで丁寧に接客してもらっています。

 

物凄い美味しい中華料理店のウエイトレスさんはしっかり者で働き者。

 

講演会の後、連れていっていただいたスナックで働いていた女の子とは、お互いが着てる服を日本語と中国語で褒め合いました。

 

人を地域や国で大きく括って、中国人だからどうだとか大阪人だからどうだとか、大雑把に批判したくないし、されたくないと私は思う。

括る範囲が大きくなればなるほど、印象はイメージに翻弄されてしまう。

 

どんな場所にもいいひとや嫌なひとがいる。

ウィスパーボイスの中国人や、超はんなりしている大阪人がいるように、ひとりひとりを見ると、みんな違う。

 

範囲が大きくなると大雑把にしかまとめられないというなら、私はこんな風にまとめたい。

 

「みんな違って、みんなよくって、みんなちゃんと悪いところもあって、みんなそれなりに仲良くできたらいいなと思ってるのが、地球人だよねー」

 

 

 

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