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いつか、またどこかで会おうよ

こんにちは、金益見(きむいっきょん)です。

さがしものはなんですか?

以前作成したデータが見つからなくて困った。

 

USBに入れて、ちゃんと保存したはずなのに、見つからない。

いくつかのUSBを確かめてもなかったので、なんで見つからないのかを考えてみた。

 

USBにそのデータを保存したことは間違いない。

 

ということは、データはやっぱり「見つからない」だけで「ない」わけではないのだ。

 

しばらく考えて、やっぱり最初に検討をつけたUSBをもう一回パソコンに入れてさがしてみた…ら…!見つかった!

 

私はなんで見つからなかったのかということに加えて、なんで見つかったのかということも考えてみた。

 

「なんで見つからなかったのか」

→見つからんなぁ…と思いながら闇雲にさがしていたから。

 

「なんで見つかったのか」

→見つけられる!見つかる!と思って、集中してさがしたから。

 

一見当たり前のことを書いてるように見えるのだけど、これは自分にとってはなかなかの発見だった。

 

さがしものが、USBに入れたデータでも、お財布でも、運命のひとでも、卒論のテーマでも、「見つからんなぁ」と思いながらなんとなくさがすのと、「見つけられる!見つかる!」と思って集中してさがすのとでは違う。

 

そう思ってさがすだけで、同じ場所をさがしていても、同じ道を歩いていても、モノの見え方や入ってくる情報の数が違うってことだ。

 

「♪さがすのをやめた時、見つかることもよくある話で」と井上陽水さんは歌っていたけれど、やっぱり最短で見つけたいなら、冷静な分析と集中力と信じる気持ちは大事だと思った。

 

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写真は静岡で見つけた電話ボックス。

さがしてたわけじゃないけど、見つけた時は「見つけた!」と思った(本文と矛盾⁈)。

アニメ版の『YAWARA!』とか『シティーハンター』のエンディング曲が流れるワンシーンに出てきそうなオシャレ感。

 

(どうでも)イイネ!

「新聞は読みません」

「ニュースは、LINEニュースで読んでるから大丈夫です」

という学生が結構いて、試しにLINEニュースはじめ、各新聞社のLINEであがってくるニュースを読んで驚愕した。

 

どうでもいいトピックがトップにあがりすぎなのだ。

 

調べたところ、新聞社独自の選別ではなく、LINE側の(利用者のニーズを読み取った上での)セレクトらしい。

 

「誰と誰が顔交換して話題」とか「誰々の神対応が話題」とか、ほんまにどうでもいいし、もはやニュースではない。

 

私たちのニーズは本当にそんなものなんだろうか。

 

バカにするなよと思う。

 

でも、メディアリテラシーを身に付けようと思ったら、今は「知ること」どころか、「知る為に知らなくてはならないこと」から始めないといけないのかもしれない。

 

フェイスブックをやっていないから、生まれてこのかた「イイネ!」ボタンを押したことがないのだけど、「どうでもイイネ!」ボタンがあるなら、たまに連打したくなる今日この頃。

泣くこと

泣いた。

 

泣けた。
じゃなくて、泣いてもた。

 

色んなことが重なって、情けないやら悔しいやらの気持ちでいっぱいになって、駅に向かう道で泣いてしまった。

 

友達と会う直前だったのに、お化粧もとれてしまって、最悪なタイミングで、だけどどうにも涙が止まらなくて、泣きながら早足で歩いた(時間がギリギリだったので、立ち止まって泣く暇がなかった)。

 

泣いてるところを人に見られると、それが時にメッセージになってしまうことがある。

 

高校時代に、あまりにも悔しいことがあって、泣きながら帰ってたら、先生とバッタリ会うという出来事があった。

その日から、その先生に気にかけられるようになって、なんだかなあと思っていた。

泣きながら走る帰り道が〝青春メッセージ〟みたいになってる気がして、嫌だったのだ。

涙みたいなわかりやすいものを流しながら走っていたからって、誤解しないでほしいと当時の私は思っていた(生意気)。

 

昔付き合っていた男の子が泣いた時(原因は忘れた)、最初はなぐさめていたのだけど、だんだん眠くなってきて、思わず寝てしまったことがある。

するとその後彼はすぐに泣き止んだらしく、私を起こして、

「俺、いっきょんに見られてなかったら涙一瞬でとまったわー」

と恥ずかしがっていた(正直でいいなあと思った)。

 

 で、話を現在に戻すと、友達は会った瞬間、
「お化粧薄いのもイケてる!」
と褒めてくれた(目も腫れ、顔も浮いてたので、さりげなくフォローしてくれたんだと思う)。

 

その後、長くなりそうだったので、泣いてた理由は言わずに
「もう大人やのに、道で泣いてもうたわーカッコ悪いわー」
と言うと、友達は唐突に『水色時代』のやぶうち優さんが未だにマンガを描き続けていることを教えてくれた。

 

それだけでも、随分心が立ち上がる話なんだけど、続けてやぶうち優さんのマンガで読んだエピソードを話してくれた。

 

辛いことがあって、大切にしていたことを投げ出そうとしていた子に、主人公が「投げ出す前に、泣いてみたら?」と言ったという。
泣くのを我慢してたらちゃんと悲しめないから、ひとまず泣いて、悲しいって気持ちをちゃんと感じてから、投げ出すかどうかをその後決めたら?という話。

 

泣いたら、情けないのが余計情けなくなって、自分のことをヘボいなあと思ってしまうし、人に見られたら何かのアピールやメッセージになってしまう可能性があるし、あんまりいいことはないと思っていた。

 

でも泣くことで、逆に冷静になれたり、一呼吸置いて考えられるきっかけになることもあるんだって、友達とやぶうち優さんに教えてもらった。

 

それに涙を流すというのは、身体が持ってる機能のひとつでもあるんだ。

 

そう考えると、出てきた涙くらいは流してもいいのかもしれないと、ちょっと思った。

仕事中は除いて(講義中泣いたら笑われますがな)。

 

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【おまけ】

その後、友達は一粒一粒が人生の暗喩のようなチョコレートをくれたのだった。

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断片的に輝く言葉

駅のホームで見かけた子どもたちが、スヌーピーとよく一緒にいる黄色い何かに似ていて可愛すぎて、写真を撮った(はっきり顔が写らないように撮りました)。

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撮影した後、ところであの黄色いのんの名前なんやったけ?と急に気になって、
スヌーピー 黄色いやつ」
と検索すると、この画像が↓。

 

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ウッドストックでした)


検索したときに、

スヌーピーよりスヌーピーの横におる黄色いやつの方が可愛いよね。」

と書いてるひとがいて、なんとなくそのページをクリックしたら、下記のブログが出てきた。

 

http://www.dclog.jp/yu_0511/

 

「糞な毎日。」というブルーハーツがやってきたようなタイトルの、男子高校生の日記ブログだった。

ちらっと見てみると、改行が多すぎるせいかあまり読む気にはなれなかった。

でも、思わずかなり下までスクロールしてしまったのは、各日記につけてるタイトルに惹かれたからだ。

 

この高校生日記は、タイトルと内容が全く一致していない。

まず、タイトルで好き放題喋ってから(つぶやいているより、喋っているの方がしっくりくる)内容に入っていく。

 

タイトルだけまとめて読めたらいいのにと思った私は、

「面白かったタイトルを抜き出して並べて、もう一回読む」

ということをやってみた(それが以下です)。

 

■野球部の私服お洒落感に腹立つのは俺だけなのか。

 

大阪弁を取り入れた歌めっちゃ嫌い。

 

■『今日のコーデ☆』的なのを見せられてもこっちはどうすれば…(汗)

 

■実際に『○○でやんす。』と喋る人間を見たことがあるか?

 

■ω←使う顔文字見るとめっちゃ腹立つ。金○にしか見えん。

 

■大雨洪水警報が出て嬉しいのは昼まで。

 

高校生ならではの感覚がみずみずしくて、加藤千恵さんが17歳のときに書いた短歌集をはじめて読んだ時みたいな気持ちになった。

 

■『外見より中身だよ』とか言うやつに限ってめっちゃ可愛い。

 

■冷蔵庫のブーンみたいな音めっちゃ怖い。

 

■そのグループにしか分からんノリで取った笑いに意味は無い。

 

■スベり笑いが出来た今おもんない事する方が難しい。

 

この子は多分、関西の子で…

 

■ジャンプとの出会い方は人によって様々。


たまに達観してたり、

 

■どの地域にも名物じじいみたいなやつがいる。

 

■クラスに1人は絶対ゴリラみたいなやつがいる。

 

あるあるネタをタイトルにしてたり(そこに全く脈略はない)、

 

■「○○っぴ」みたいなあだ名あるけど「っぴ」って何よ。

 

うまい棒のあのキャラクターよく見たらドラえもんじゃね?


と、ツッコミを入れてたりする。

 

繰り返しになるけど、彼は日記の内容とタイトルを全く一致させていない。
(そんな彼は留年をしたようで、その年の春からこの日記を更新するのをやめている)

 


ここで自分の話に戻すと…

今年からブログを頻繁に更新するようになって、他のひとのブログを覗いたり、人気ブログの共通点を探ってみたり、以前はやってなかったことをやったり考えたりするようになった。

そんななか、ちょっとあざとい感じの印象を受けたブログがあって、自分がそうならないためにはどうしたらいいものかと思っていた。

 

で、この男子高校生にヒントをもらった気がしたのだ。

「思ったことをひとまず素直に書いてみる」とか。

「人目は気にかけるけど気にしない」とか。

 

なんでもかんでも素直に書けばいいってものでもないってことはわかっている。
ひとに読んでもらう文章だと思って工夫するのは悪くない。テクニックも大事。

 

だけど、クリックされることに焦点を絞りすぎてるタイトル(例えば「1分読むだけでお金が増えて痩せる方法」とか…※私が勝手に考えた架空のタイトルです)は避けようとか、タイトルと中身をリンクさせるのは大切だけど、たまにはタイトルを見ただけじゃわからない文章があってもいいよねとか、いろいろ思えた。

 

私は、わかりやすいけど噛みごたえがある文章が書きたい(ちなみに書き手からすると「簡単な文章」と「わかりやすい文章」は全然ちがう)。

 

時に、わかりにくさを入れないと伝えられない物事に対面した時に、素直な賢さをもってそれをそのまま書きたい。

 

できれば、大切にしていることやメッセージはちゃんと込めていきたい。

でも自分の頭で考えてもらう余白は残したい。

 

あざとさを振り払って、技術を養う。

表現を磨く。情熱を燃やす。知識を増やす。知恵を絞る。

そして、ユーモアを忘れない。

 

そしたら、ピカピカではなく、キラキラと光る言葉をちゃんとつなげていけるんじゃないだろうか。

 

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あざとさがひとかけらもない、優れた表現と、クールな情熱と、体系的な知識と、現場で培った知恵と、ユーモアと刹那が寄り添い合っている岸政彦さんの文章が憧れです。

 

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『サスペンス&ホラー』

小学生の頃、『サスペンス&ホラー』というマンガ雑誌を愛読していた。

 

犬木加奈子さんが描くギョロンとした目の女の子が表紙で、撲殺できそうな太さで、触るだけで呪われそうで、部屋の隅に置いていると、妹たちはその辺りを避けて通るという存在感のマンガ雑誌だった。

 

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個人的には、関よしみさんや、井口かのんさんといった、少女マンガ的な細い線で描かれる人間の狂気みたいな作品が好きだった(幽霊系は苦手)。

 

読む順番も決めていた。

 

川口まどかさんの「死と彼女とぼく」を最後に読むのが、ホラーの闇に沈んだ自分の気持ちを救い出す方法で、そこには夜のトイレにひとりで行けない小4なりの工夫があった(ちなみに川口まどかさんの『やさしい悪魔』は今までもこれからも一番好きな漫画です)。

 

いい雑誌だった。

『サスペンス&ホラー』には、怖いだけじゃなく、色んな気持ちを教えてもらった。

 

例えば、谷間夢路さんの作品には「よくわからないエロい気持ち」を教えてもらった。

 

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(この画像にたいして、「言ってるヤツにも『どうしたの!?』っていいたい」って突っ込んでるひとがいた)(笑)

 

有田景さんには、オシャレな一重の男の子にノックアウトされてしまうという(それが後のオザケンラブにつながる)好みの下地を作ってもらった。
「ひやむぎ」をモチーフにした作品の、クールな線とレトロ感に魅了された夏のひんやりとした午後を今でも覚えている。

 

そして、御茶漬海苔さん。
なんとも言えない狂気をサラサラと描く漫画家さんで(山本直樹さんをコンソメスープで割ってホラーのスパイスを足したような?)、私は御茶漬海苔さんの作品に、「思わず戦慄する」という気持ちを教えてもらった気がする。

 

ちなみに、御茶漬海苔さんの作品を元ネタにした怖い話がネットで出回っていた。
(以下、まとめサイトから引用)

 

学校から帰って台所で麦茶を飲んでいると床下の収納スペースに
死んだお母さんが押し込められているのに気がついた。

隣の部屋からお父さんが出てきた。

「由美?、お母さんは他に好きな人がいたんだ、
お前のことも捨てて出て行こうとしていたんだ、
だからけんかになってさっき殺してしまった。」

と泣き出した。

私はお父さんを警察に突き出すつもりはない。
このまま二人で暮らしていこうと思った。

着替えのため自分の部屋に行くとメモ帳の切れ端が落ちていた。

切れ端を繋げてみると

「由美、?逃げてお父さんは狂っている」

あなたなら、お父さんと、お母さん、どちらを信じますか?


【解説】
由美は多重人格。

そのため父親は由美の主人格であるかどうかを確認してから話しかけている。

お母さんと喧嘩し殺したのは由美の別人格でり、
メモは本来「お父さん逃げて由美?、は狂っている」となる。

 

解説が合ってるかどうかは置いといて、御茶漬海苔さんは、こういったなんともいえない怖さを描くのが本当に上手な漫画家さんなのだ。

 

で、『サスペンス&ホラー』のマンガ家さんが今どんな作品を描いているのか検索していたら、御茶漬海苔さんのことを書いてるブログでこんな文章を見つけた。

 

御茶漬海苔っていうホラー漫画家を知ってる人いますか?

小学校低学年の時、おばあちゃん家に何故か御茶漬海苔の漫画が置いてあって興味本位で読んでしまったんです。しかも北側の寒い部屋で。

なんか、もう、めちゃくちゃ怖くて、気持ち悪くて⋯(じゃあ何で読んだんだよ!)

ハラワタ出てきたり、アフリカ土産の民族人形が でっかいハサミで人殺したり、なんか体中にブツブツ丸いのが大量発生したり⋯
いや、マジで怖かった(இдஇ; )
今も作品書いてるのかな⋯??

今日 夕飯の唐揚げ作ってる時 急に思い出してしまって、思い出し笑いならぬ 思い出し怖い してました。

 

にしても今日の唐揚げメッチャ美味しく出来た!!今まで作った中で一番の唐揚げ!
しゃなママっていう人のレシピなんだけど、超絶美味しかったー♡♡ 


この文章、話の飛び方がなんか怖いって思ったのは、私だけですか?

 

見事な問題意識!

以下は、「見事な問題意識!」だと思った文章↓

 

親戚で集まると、必ず台所に女性達が集まる。男性陣は円卓を囲み、酒をかっ喰らい、ガハガハ笑うだけ。男性達の小間使いになる事だけはしたくないが、女性達をこき使う暴力に加担したくもない。幼い頃からこの葛藤に苦しめられてきたが、今ではその解決策がすっかり分かっている。「地元に戻らない」だ。

 

台所に行き、女性達と話をするのは随分楽しかったが、男性達が思い思いに寛いでいる中、立ち仕事をしなければならない事に対する鬱屈した不満を上回りはしなかった。また、円卓に残ってみても、なぜ母叔母妻娘をこき使っているのに平気な顔ができるのか理解できず、強烈な違和感に意識が朦朧とした。

 

まだ幼い頃は、何とも思っていなかったが、高校生になった辺りで状況が変わった。「ちょっと」と台所に呼ばれ、有無を言わさず働かされた。感謝の言葉一つもない男性達に不満を覚えたその時、自分もそれまで感謝を口にしていなかった事に気が付いた。抑圧者は、見えないからこそ抑圧できる事を知った。

 

問題が見えない、見えても不満がないという意見は、問題の存在自体を否定できるものでは到底ない。見えないのではなく本当は見る気がないのではないか、不満がないのではなく、本当は不満を抱く事が出来ない様巧妙に「そういうものだから~」に雁字搦めにされ、思考の自由を奪われているのではないか。

 

ツイッターでたまたま見つけた文章なので、直接の知り合いではないけれど、書いたのは多分女性だと思う。

この文章は 、一見ジェンダー問題について書いているように見えるけど、家制度や過疎化する地方、無自覚の病、思考停止の危険性などあらゆる問題意識がつまってる。

 

読んだとき、私は、ある過去の出来事を思い出した。

 

昔、当時の彼氏と彼の後輩の実家に遊びに行った時のこと。

夕飯をご馳走になったのだけど、お母さんがひとりでずっと台所に立ってて、私は息子(私にとっては彼の後輩)に「お母さんひとりに家事をやらせるな」と注意した。

 

数年後、その後輩から彼を通じて「あの時注意してもらってよかった」という伝言をもらった。

後輩のお母さんはその後、癌を患ったらしく、母のありがたみがやっとわかったとかなんとか。

その伝言を聞いた時、私は何か引っかかった。

「なんで癌にならなわからんねん!」とまず思ったし、なんか「今になってわかった母のありがたみ」的な言い回しも気に入らなかったし(この世に、あたり前のことなんかひとつもない)、なんで何かが引っかかってるんだろうと考えた結果、思い出した。当時の私が、彼の後輩だけでなく、彼の後輩のお母さんにも疑問を感じていたことを。

 

「全部ひとりで切り盛りしてる」というより、「全部ひとりで抱え込んでる」ようにみえた母親という存在のひとに、私は言いたいことがあった。

 

 なぜ息子に注意しないのですか?

なぜ私が注意した時、「もうそれくらいでいいですから」と言いながらも嬉しそうな顔をしたのですか?

もし私が「息子の先輩の彼女」という立場ではなく、「息子の彼女」なら私の注意をどう受け止めましたか?

 

彼の後輩のお母さんは、私が後片付けをやろうとすると、最初は「お客さんだから」と断っていたのだけど、最後には「助かるー!」と言って手伝わせてくれた。

でも私の彼には「座っててください」の連続で、彼がお茶碗かなにかをひとつ運んだだけでお礼の嵐だった。

 

 優しくて朗らかでいつだってニコニコしていたお母さん。

 

私は本当は、注意なんかしたくなかったんですよ。

 

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映画「ローマでアモーレ!」を観て思ったこと

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ウディ・アレン監督「ローマでアモーレ」(原題: To Rome with love)

2012年のアメリカ合衆国・スペイン・ イタリア合作のコメディ映画。

 

変な邦題だけど、いい映画だった。

 

印象的だったのは、ある日突然大勢のパパラッチに囲まれ、大スターに祭り上げられた平凡な中年オジサン(『ライフ・イズ・ビューティフル』のロベルト・ベニーニさんが演じています)の話。

 

彼はある日突然大スターになるのだけど、その理由をパパラッチがこう説明するのだ。

 

「彼は有名ってことが有名なのよ」

 

思わず、膝を打った。

 

ウディ・アレンさんが立ってる場所からは、いろんな物事がよく見えるんだろう。

疑問もたくさん見つけられるんだろう。

 

映画って、監督の視点を通して物事を捉えられるのが面白い。

ウディ・アレンさん のなかに入ってローマを歩いてみる。

彼の網膜や鼓膜を通してローマを感じてみる。

そこで発見した人間の滑稽さは、ローマでも日本でも同じだった。

 

話題になって、広まって、有名になって、一人歩きしていく空っぽの何か。

中身じゃなくて、有名っていうことが価値になる世の中。

 

talent(タレント)は「才能」と訳す。

芸能人は、芸の能がある人と書く。

 

将来芸能界で活躍したいという教え子が何人かいるけれども、どうせ目指すのなら空っぽではないものを。

 

真ん中が空洞なのはドーナツだけで充分。